検定対策ことはじめ「こそあど」に関連して

「こそあど」の「これ」「ここ」の「こ」が話者の周辺部分、「それ」「そこ」の「そ」が聞き手の周辺部分、だということを前に説明しました。

もちろん、お互いが了解して、ここは自分サイドだな、相手サイドだな、と思っているから、会話が成り立つわけです。

東京、新橋駅のSL広場の前(左前の車輪の横とか)と言われたら、場所が特定されますよね。

「東京、新橋駅のSL広場の前で待ってる」と言われたら、その特定の場所へ行けますね。

電話やメールで、突然「ここで待ってる」って言われたら、「どこ?」って聞きますね。それは、「ここ」だけでは特定できないからです。一緒にいる場合は、別。「明日、ここで待ってる」って言われたら、その特定の場所、発話した場所に行くことができます。

このように、「こそあど」というのは、具体的な「話者」「聞き手」の場所などがはっきりしていないと、理解できない場合があります。このように状況設定が重要で、状況によって、また「話者がだれか」によって、変わるような表現を「ダイクシス」と言います。

「こそあど」は、ダイクシスの一種だから、前にも述べたように、

先生が手にペンをもって、「これはペンです」といった後、生徒が一斉に「これはペンです」というのは、問題があります。「話者」によって、意味が変わるから。生徒にとっての「これ」は手元の自分のテーブルにあるようなものを意味していて、教壇の先生の手にあるペンは「それ」です。

他にはどんなものがあるでしょう。

「2019年2月12日に会おう」 はい、これも日が特定されていて、誰でもわかる。

「あさって、会おう」 はい、これは、「話者」「聞き手」にとっては、問題ないですね。その時点からの「あさって=2日後」だから。

でも、別の機会にだれかが、そのメモの切れ端を読んだり、音声を聞いたりしたら、いつのことかわからない。つまり、「あさって」は、発話された状況によって、意味が変わっていく言葉です。

これも「ダイクシス」の一種ですね。

用語そのものよりも、話者や聞き手の置かれている状況に依存する語彙があることを知っているといいですね。 世の中に これは「上り坂」という絶対的な坂は存在しません。坂の下から見たら「上り坂」だけど、坂の上からみたら、必ず「下り坂」だからです。

「外国語」の学習歴を教えてください。って、「外国」の人に聞きますよね。

すると、流暢な学生は、もちろん、「まず、日本語でしょ、それから・・・」と答える。

日本語を母語にしていて、ふつうに日本に暮らしている人にとっては、「外国語」は「日本語じゃない言語」です。でも、別の国の人にとっては、「日本語」は「外国語」ですから。

これも、立場が変わると意味が変わる例。

最後に有名どころを一つ。 A「はやく、来てよ」B「いま、行くよ」 「行く」と「来る」

移動、しかも「Bのところ」→「Aのところ」というおなじことを、別の言い方で示してる。

教えるときは気をつけてくださいね。

★ヒント★ AがBに近づいていく絵があったとして、「行きます」では「来ます」と区別ができない。だから、その場合は、Aの吹き出しに「いきます」、Bの吹き出しに「来ます」と、発話者を限定することが必要ですね。

さらにいうと、だからこそ、視覚に訴えて、教えるときは、「A⇒学校」のような絵で、人物を一人にして「行きます」を出している。これは納得。

では、「来ます」っていう語彙を教えるときは、どんな絵なんでしょうか?発話人物は特定し荒れていますか? 興味のある方は、いろいろな絵カードを見てくださいね。